« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »

2006年6月

2006年6月28日 (水)

Ray Ozzie氏はGoogleに勝てるのか?

Ray Ozzie氏はGoogleに勝てるのか?

 元Microsoftのエンジニアであった中島さんのところの記事。

"このメモを読むと分かるが、Ozzie はなかなかすばらしい。彼は、過去5年間に Google がサーチで、Skype が VoIP で成し遂げたことを、「本来なら Microsoft が成し遂げるべきだったもの」と具体的に指摘し、Office がインターネットの標準ファイルフォーマットにはなれなかったこと、RSS がデファクトになりつつあること、草の根的なスクリプト言語による rapid development の重要性などを、ものすごくストレートに述べている。Bill GatesとSteve Ballmerが、絶大なる信頼を寄せるのも納得できる。"
Life is beautiful: 新しい Microsoft を引き継ぐのは Ray Ozzieか?

 個人的な見解であるが、Bill Gates会長の後釜は誰がやっても上手く行かないのではないかと思う。恐らく問題となるのは、「単なるCEO探しではなく、会長兼CSA(Chief Software Architect)探しでもなく、Bill Gatesという存在そのものを後継する」ということの難しさであろう。

 世間では散々言われていることだが、Microsoftがここまで強大な勢力に成長できたのは、実は技術開発力によってではない。同社が最初にブレイクさせた製品であるMS-BASICも、言語自体を開発したのはDartmouth大学であったし、OSの世界で標準を取るキッカケとなったMS-DOSも、QDOSという他社製品を買ってきたものだ。同様に現在のドル箱製品であるMS Officeも、元は買収してきた製品を再構成したものが多い。

 但し、私は彼らの製品開発力に文句を言っているのではない。むしろ、技術力自体はいつの時代もかなりのレベルにあったと考えている方だ。そうではなくて、世の中の動きを先読みし、自社にないものは買収してでも調達する、Microsoft社の超攻撃的なビジネススキルがスゴイと言いたいのだ。そしてその行動を率先してきた人物こそがBill Gates氏であることは論を待たない。彼は肩書きこそ、CEOとかCSAとか変わってきているが、彼が彼たる所以は、あくまでも上記のビジネススキルにあると思われる。

 そうだとすれば、この部分こそが「誰もBill Gatesの後釜になれない」という命題を突きつけているのだ。Lotus Notesを世界中にブレイクさせ、Grooveでは自らが起業家となってExit(Microsoftへの売却)を成し遂げたRay Ozzie氏は、確かに実績もスキルも申し分ないのであろう。しかしながら、彼は前述のビジネススキルも兼ね備えているのだろうか? 私はRay Ozzie氏もまた、エンジニアにありがちな「自前で作る」という思想を捨てきれないのではないかと考えてしまう。もしそうであるのならば、Bill Gates氏の後釜には、むしろCISCO SYSTEMSのJohn Chambers会長のようなやり手ビジネスマンの方が上手くはまるのではないだろうか。

 まあ、いずれにせよ、Bill Gates氏の引退が業界に及ぼす影響については、暫く目が離せないだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月21日 (水)

新しい潮流は常に帰納法的アプローチである

 先日、とある医療系の会合にお呼びいただいてWeb2.0の話をする機会があった。講演資料は前日に急いで作ったものなので、内容的にありきたりなのが恐縮だが、とりあえず参考までにアップ(公表用に内容を一部変更したPDF版)しておく。まあ、このブログで「Web2.0時代のホニャララ」と書いておきながら、Web2.0を説明するロジックを十分整理していなかったことに気付いたのは、個人的に何よりの成果だったかもしれない。お声掛けいただいたプラメドの守屋取締役には、大変感謝している。

 この資料を作成していて感じたことがある。Webやソフトウェアの世界に何らかの波が来ていることや、どのようなモノが2.0的なのかは判っているつもりであったが、それを他人に説明するとなると途端に難しくなるのだ。その理由は、「Web2.0というものが演繹的に導かれるモノではなく、帰納的にのみ導かれるモノ」だからだろう。

 演繹的に導かれるということは、「このような条件を満たせば成立する」というような判断ロジックが数学的に定義出来るものだということなのだが、O‘Reilly氏のWeb論文である「What Is Web 2.0」からしてそのようには定義されていない。

"We began trying to tease out the principles that are demonstrated in one way or another by the success stories of web 1.0 and by the most interesting of the new applications."
O'Reilly -- What Is Web 2.0

 彼が指摘しているのは、「まず先に実例ありき」であるということで、同種のサービスや定義についてWeb1.0と最新のものを並べてみて、「何かが違うよね」と問いかけているのだ。

 確かに、ミームマップで掲げられている7つの要素はこれらの実例から導き出されたものであるが、個人的に疑問に思う題材(P2Pとか)も少なくない。また、O‘Reilly氏自身も認めている通り、現実的な事例の多くがGoogleに依存しているのも、また事実であろう。

 それによってかよらずか、Web2.0の動きを評して「ITバブル2.0」などと揶揄する向きもあるようだが、少なくとも私や周辺にいるこの業界のビジョナリー達は、「何か大きな地殻変動が起こっている」感覚を共有しており、2000年前後のITバブルとは明らかに違うモチベーションを感じている。

 これまでの歴史においても、技術的な新たな潮流は、最初なかなか理解されなかったことの方が多い。分かりやすい例としては、兵器開発などが典型だろう。例えば、日本に最初に鉄砲が伝来したのが種子島であったことは有名だが、当初はそれが戦争を一変させてしまう程の威力を持つ兵器になるとは誰も想像していなかった。稀代の天才織田信長の手によって鉄砲と足軽部隊を活用した戦術が編み出されるまでは、騎馬武者や長槍の方が何倍も強力な軍隊であったのだ。

 ところが、一旦、鉄砲部隊の威力が天下に示されると、次々に新しい戦術が生み出され、やがてそれが戦争の常識になっていった。Web2.0においても、Googleという織田信長が出現したことで、世間の認識が広がっていた部分が多分にあると思われる。もし、Google=織田信長という仮説が成り立つのならば、Web2.0=鉄砲であることになり、Web2.0は今後の標準的な戦術(≠技術)になるとも類推出来る。そうであるならば、今からWeb2.0について注意を払い、その動向を追うことは、ビジネスマンにとって大きな意味がある事ではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月12日 (月)

夫婦別姓問題って何だろう?

 連続して絡むつもりはなかったのだが、またしても渡辺さんところの記事。実はウチも国際結婚であり、夫婦別姓を選択している(Blogで公表するのは初めてかな?)。

"かように、ごくごく簡単にワタシは日本国民のまま夫婦別姓となった。非常に得した気がしたんですが、考えてみると、このように普通とちょっと違うことをすることで、ワープ的ソリューションにたどり着くことは多分にある。少なくとも、それがワタシの日本国に対する印象である。"
On Off and Beyond: 日本の夫婦別姓と辛子

 世間の一部では今でも侃々諤々の議論がなされているなか、ウチも普通の役所手続きによって合法的に夫婦別姓となった。その事実から明らかな通り、私は別に夫婦が別姓であっても良いのではないかと考えているクチである。正直に言って、夫婦別姓の何が問題なのか未だに良く分からないのだが、世間では色々と議論の的となっているようだ。例えば、Googleで検索すると30万件もヒットするし、Yahoo!には夫婦別姓というカテゴリまである。

 外国にはファミリーネームを持たない国が結構ある。例えば、私が昔大変お世話になった友人の国であるミャンマー(旧ビルマ)もその一つ。記憶が確かではないので間違っているかもしれないが、そういう国の人と結婚しようとした場合、そもそもどちらか選択するハズの姓の概念がないのだから、このような制度になっていると思われる。

 但し、制度上は夫婦別姓でOKなのだが、巷で言われている子供の姓の問題とかについては、特に日本人と変わりはない。ただ単に、夫婦でちゃんと話をして解決しているだけである。であるならば、別に日本人同士の結婚でも夫婦別姓を許可して問題が無いように思えるのだが、どうだろうか?

 ちなみに、外国人でも日本に永住していると帰化できることはスポーツ選手などでご存知の通りだが、ウチの場合、妻が帰化したらその姓は自動的に三好になってしまうのだろうか? 既得権ということで、何となくならないような気がするのだが・・・

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年6月 7日 (水)

風船ゲーム

 以前来社いただいたレオス藤野社長の記事を読んだので、折角だから引用してみる。

"法律は人の手によって作られ人の手によって守られる。人というのは大衆の合意であり、原則的には政治家によって作られるのである。政治家は国民による選挙によって選ばれている以上、多くの国民が理解できないことや不快に思うことが通り続けることはない。"
RHEOS REPORT:天才だったが・・・ - livedoor Blog(ブログ)

 う~ん、基本的に同意である。同意ではあるのだが、恐らく堀江さんとか村上さんとかも、これらのことは分かっていたのではないだろうか。結果として違法行為をしてしまったこと自体はきちんと責められるべきであるが、「じゃあ、普通の人が運だけであそこまで駆け上がれたのか?」と問われると、やはりその答えは否であろう。例え悪人であろうと、その悪人の世界で短期間に登って行く要素が運だけということはなく、必ず何らかの才覚が求められるはずだ。(藤野さんの表現では天才ということになるのだろうが)

 では、その才覚があるはずの人物が、同じように落ちていく光景を何度も見るのは何故だろうか?

 私としては、ドンドンと膨らんでいく風船をたらい回しにする風船ゲームのように、彼らがお金のパワーというか、得体の知れない何かに背中を押されていたのではないかと考えてしまう。ベンチャーを取り巻く株式のゲームも当然中に含まれるが、自分の周辺の状況から想像しても、成功すればするほどそのような力に囲まれる可能性が高くなるように感じる今日この頃である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 6日 (火)

はい、カメ星人です!

 渡辺さんの所の記事。あまりにも鋭い指摘にドキッとした。

"うちのダンナの場合は、返事がないのは本人がカメで水中住まいだからじゃない?という・・・。"
On Off and Beyond: ダンナはカメ星人

 私の場合、昔からテレビを見ているときなどは声を掛けても反応しないことがデフォルトらしい。本人は全く気づいていないのだが、今の嫁さんから言われるのはもちろん、昔付き合っていた彼女(達)からも散々怒られた癖である。私だけのひどい欠陥かと思い、真剣に反省したこともあるのだが、他にもカメ星人が沢山生息しているらしいということが分かって安心した。でも、「もしかしたら希少種かもしれないので、なるべく大切に扱って欲しい」と願うのは間違いだろうか。

 ちなみに、私が役員をしているプラメドという会社で最近社長に就任された高原さんは、渡辺さんの三菱商事時代の知り合いだと言っていたので、どうやら間接的なお知り合いらしいです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »