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2006年6月21日 (水)

新しい潮流は常に帰納法的アプローチである

 先日、とある医療系の会合にお呼びいただいてWeb2.0の話をする機会があった。講演資料は前日に急いで作ったものなので、内容的にありきたりなのが恐縮だが、とりあえず参考までにアップ(公表用に内容を一部変更したPDF版)しておく。まあ、このブログで「Web2.0時代のホニャララ」と書いておきながら、Web2.0を説明するロジックを十分整理していなかったことに気付いたのは、個人的に何よりの成果だったかもしれない。お声掛けいただいたプラメドの守屋取締役には、大変感謝している。

 この資料を作成していて感じたことがある。Webやソフトウェアの世界に何らかの波が来ていることや、どのようなモノが2.0的なのかは判っているつもりであったが、それを他人に説明するとなると途端に難しくなるのだ。その理由は、「Web2.0というものが演繹的に導かれるモノではなく、帰納的にのみ導かれるモノ」だからだろう。

 演繹的に導かれるということは、「このような条件を満たせば成立する」というような判断ロジックが数学的に定義出来るものだということなのだが、O‘Reilly氏のWeb論文である「What Is Web 2.0」からしてそのようには定義されていない。

"We began trying to tease out the principles that are demonstrated in one way or another by the success stories of web 1.0 and by the most interesting of the new applications."
O'Reilly -- What Is Web 2.0

 彼が指摘しているのは、「まず先に実例ありき」であるということで、同種のサービスや定義についてWeb1.0と最新のものを並べてみて、「何かが違うよね」と問いかけているのだ。

 確かに、ミームマップで掲げられている7つの要素はこれらの実例から導き出されたものであるが、個人的に疑問に思う題材(P2Pとか)も少なくない。また、O‘Reilly氏自身も認めている通り、現実的な事例の多くがGoogleに依存しているのも、また事実であろう。

 それによってかよらずか、Web2.0の動きを評して「ITバブル2.0」などと揶揄する向きもあるようだが、少なくとも私や周辺にいるこの業界のビジョナリー達は、「何か大きな地殻変動が起こっている」感覚を共有しており、2000年前後のITバブルとは明らかに違うモチベーションを感じている。

 これまでの歴史においても、技術的な新たな潮流は、最初なかなか理解されなかったことの方が多い。分かりやすい例としては、兵器開発などが典型だろう。例えば、日本に最初に鉄砲が伝来したのが種子島であったことは有名だが、当初はそれが戦争を一変させてしまう程の威力を持つ兵器になるとは誰も想像していなかった。稀代の天才織田信長の手によって鉄砲と足軽部隊を活用した戦術が編み出されるまでは、騎馬武者や長槍の方が何倍も強力な軍隊であったのだ。

 ところが、一旦、鉄砲部隊の威力が天下に示されると、次々に新しい戦術が生み出され、やがてそれが戦争の常識になっていった。Web2.0においても、Googleという織田信長が出現したことで、世間の認識が広がっていた部分が多分にあると思われる。もし、Google=織田信長という仮説が成り立つのならば、Web2.0=鉄砲であることになり、Web2.0は今後の標準的な戦術(≠技術)になるとも類推出来る。そうであるならば、今からWeb2.0について注意を払い、その動向を追うことは、ビジネスマンにとって大きな意味がある事ではないだろうか。

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