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2011年5月26日 (木)

小沢-渡部和解は何を意味するか?

民主党の小沢元代表と渡部党最高顧問が、3年ぶりに和解を果たしたと報じられています。

 民主党の小沢一郎元代表(69)と渡部恒三最高顧問(79)の合同誕生会が24日、東京・永田町の憲政記念館で開かれ、約160人の国会議員が出席した。

 疎遠だった党重鎮2人の和解は、菅首相に退陣を求める「菅降ろし」の動きにも影響を与えそうだ。

 両氏は誕生日が同じで、1969年に自民党から初当選した同期。小沢元代表の「政治とカネ」の問題を渡部氏が批判したことなどで関係が疎遠になり、合同誕生会の開催は2008年以来3年ぶりとなる。

 渡部氏は誕生会で「互いに目を合わせなかった期間が3年あった。もうケンカすることはないだろう」と語った。小沢元代表も「ここ数年間、彼は彼流に私への悪態をついて、私は私流に『シカト』(無視)していた。これからはちょくちょく話し合いたい」と応じ、関係修復をアピールした。
小沢・渡部氏が合同誕生会、菅降ろしにも影響?

これまでの3年間、渡部氏は反小沢の急先鋒で通してきました。小沢氏が事実上の蟄居状態にされた民主党倫理委員会の委員長であり、昨秋の代表選以来菅総理を支援してきた渡部氏に、いったい何が起こったのか?

ちょうど菅総理がG8サミットで外遊中のタイミングであり、合同誕生会の幹事が在日韓国人からの違法献金問題で引責辞任した(させられた)前原前外相、そして出席議員が160人というのも気になるところです。

ところで、この合同誕生会が行われていた裏側で、同日にもう一つ重要なイベントが発生していました。そのイベントとは、陸山会事件の第13回公判です。前回公判までは、主に検察側証人として水谷建設の川村元社長や同社元幹部が証言していましたが、この日は弁護側証人として水谷元会長や川村元社長の運転手が出廷し、初めて証言を行いました。

小沢一郎民主党元代表(69)の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件で、同法違反(虚偽記入)に問われた同会元事務担当者・石川知裕衆院議員(37)ら元秘書3人の第13回公判が24日、東京地裁であった。

 中堅ゼネコン「水谷建設」(三重県)の川村尚元社長(54)が2004年10月、東京・赤坂のホテルで石川被告に5000万円の裏金を渡す際、元社長をホテルに送ったとされる元運転手の男性が、弁護側の証人尋問に「社長を送った記憶はない」と述べた。

 川村元社長は4月27日の公判で、胆沢(いさわ)ダム(岩手県)建設関連工事の受注で便宜を受けた見返りとして、04年10月15日にホテルで石川被告に現金を手渡したと証言していた。

 この日の公判で弁護側は、元運転手の手帳には、10月15日正午過ぎに元社長を東京駅で出迎えたと記されているが、それ以降の記載はないと指摘。元運転手は、「15日に社長をホテルに送った」とする供述調書に署名したことについて、「私は覚えていないと答えたが、検事に『サインしてもらわないと困る』と言われ、署名させられた」と述べた。
元運転手「社長を送った記憶ない」…陸山会事件

この読売の記事では、知ってか知らずか重要な部分がボカされていますので、実際に公判を傍聴したジャーナリスト江川紹子さんの傍聴記もご紹介しましょう。

1)陸山会事件。午前中の証人は、水谷建設の会長や社長を乗せる車の運転手だった男性。川村社長(当時)は、H16年10月15日にこの車で全日空ホテルに行き、石川議員に5000万円渡したと証言していた。それを裏付けるこの運転手氏の検察官調書も作成されている。しかし…

2)運転手氏は、「そういう記憶はない。川村社長を全日空ホテルに送ったのは、会長が脱税事件で逮捕された後、H17年以降に1回か2回あっただけと思う」と証言。さらに運行状況を詳細につけた手帳にも、この日に全日空ホテルに行った記録はない。捜査段階の調書の内容は、

3)一般論として会長や社長を送迎する時のことが、10月15日のことと特定するように書かれた、と延べ、この日の行動として書かれた記載をすべて否定した。当初、調書への署名を拒否し、訂正を求めたが、「訂正はできない」「サインをしてもらいます」と押し切られた、と証言。

4)「調書は納得できない。直してもらいたい」と運転手氏。一般論を特定期日のこととして記載し、本人の記憶にないことまで書かれた調書にしてしまったのは、おそらく主任検事から「こういう調書を取ってこい」と言われたのだろうと推測。ストーリーありきの捜査が行われた可能性あり。了

1)陸山会裁判、午後の証人は水谷建設元会長・水谷功氏。5000万円の裏金の行方は「分からない」と述べ、石川秘書(当時)に渡したとする同社元幹部らの証言に疑問符をつけた。 当時同社は、胆沢ダムの全ての工事でゼネコン下請けJVのスポンサーになるため、「社運をかけた営業」を行った。

2)スポンサーになれれば勝ち、なれなければ負け。スポンサーではないサブでの参入は再下請けのような形になり、違いは雲泥の差だ。「堤体盛立」一期工事は、鹿島建設の受注が有力で、鹿島との間では水谷がスポンサーになることはほぼ決まっていた。ところが、別の業者が入ってきていると教えられた

3)「鹿島としては水谷で依存ないが、大久保秘書に挨拶に行くように」と言われた。挨拶とは、鹿島と水谷の間で話はできているから横やりを入れないでくれ、ということ。川村社長に「業界の判断に任せてもらえるよう陳情してきなさい」と指示。取り引きのある日本発破技研の山本氏に段取りを頼んだ。

4)山本氏に頼んだ理由。「大久保さんには失礼だが、山本さんが『大久保さんに頼んだけど、うちは(工事に)入れてもらうのが難しい』と言っていたので聞いたら、日本青年会議所の関係で親しいと言っていた。それもこれも、スポンサーになるため。サブでいいなら、そんな指示はしない。

5)ここで水谷元会長は突然「最初に言うべきだったが、当社の関係で皆さまに迷惑をかけていることをお詫びします。遅うなりましたけど」と述べ、頭を下げた。川村社長は、いつまでも山本氏と一緒に大久保秘書に会いに行くので、「こんな大事な話をするのに、いつまで人を介しているのか。もっと深い

6)友好関係を結ばないとダメだ」と言った。川村は「大久保さんは非常に用心深いので、なかなか懐に入れない」と言うので、「それをするのがお前の仕事やないか」と叱咤した。9月になって「どないなっとんのや。君はまだ若葉マークなので、なんだったら私が出て行く。今月中に何とかしろ」と言うと、

7)その月のうちに「大久保さんと合意ができました」と川村が報告してきた。「5000万円を2回届けることになったのか」との問いに、水谷元会長は「2回というのは記憶にない。1億くらい提供するというのは聞いた」と述べ、小沢事務所に金を届ける話は1回だったという認識を示した。

8)ここから、政治家などへの謝礼の払い方について、水谷会長の方針が開陳された。「私の会社の場合、いろいろな陳情をする相手には盆と正月にお礼をしていた。それ以外に特別にお願いしたものは、ちょっと言いづらいが、成功報酬というと失礼だが、そういう認識でした」

9)「自分も親からこういうもんなんだと強く教育を受けておりましたので、それを続けておりました」「何百人の社員が一生懸命働いて稼いだお金を無駄にするというか、勝ちのない使い方はできない」。なので、本件もスポンサーが取れるという話がまとまったから、出すことにしたという認識だった。

10)ところが水谷はスポンサーに指名されず。川村社長を呼び「話が違うやないか」と言ったら、「名目はサブだが、重機比率もうちが多くゼネコンとの交渉権もうちが持っている」と言っていた。納得できず「おかしいやないか」と言った。後から聞いたら、やはり交渉権はないとのことだった。

11)川村氏は、スポンサーとれなかったのは北海道の現場での労災隠しが発覚したため、と証言したが、水谷氏はとっくに鹿島にも話をして終わっている話だと述べ、「彼はそう説明しないと、社内的におさまりませんからな」と、暗に川村氏が自分の営業活動の失敗を取り繕った、との見方を示した。

12)さらに、「裏金の管理は表の金以上の厳格に管理して、すべて記帳しております」と証言。経理担当の中村元常務が、裏金の出し入れは記録をつけてないと証言したことについては「考えにくい」と否定した。水らに建設は、H18に脱税で捜索を受けた。それでも発見されなかったことを問われると、

13)「H17からいろいろ噂があり、事前にチェックできましたので、別の場所に移動しました」と述べ、帳簿が中村氏の父親で元相談役の所にあった可能性を否定しなかった。水谷氏は、水谷建設では裏金を渡す時のルールがあったことも明らかにした。その裏金ルールとは――。

14)「たとえば、AさんとBさんが約束して、Cさんが(金を)届ける時には、途中で泥棒に遭わないように気をつけるくらいでいいが、Bさんが届けるという時に確実に届くかどうか心配なので、社員を疑うわけではないが、それなりのルールは持っていた」

15)「まず、朝(桑名市の)本社から(金を)持って出て、(引き渡し場所に)到着する時間に約束をする。どうしても無理な場合、前日に持って行くが、朝一番に(引き渡す)約束をする。それから複数の人間で渡したことを確認する。経理はそれを『見届け人』と言っていた」

16)5000万円は、「川村が中国に行って翌日に渡す約束をしたというので手配をした。14日と聞いていたので、尾納専務に13日に届けて立ち会うように指示した」 ところが尾納氏は東京支社の金庫に金を預け、川村氏は15日午後たった一人で、石川秘書(当時)に渡した、と証言している。

17)水谷氏は、そうした川村氏らの行動を「考えがたい」と述べ、「私は(川村から)大久保さんに渡したと報告を受けた。事件が明るみになって、石川さんに渡したと聞いてびっくりした。(川村は)こういうことは初めてなので専務まで付けたのに…。私が教育してきたことと違う」と嘆いた。

18)こういう裏金こそ慎重に扱うべきで、スポンサーになれるという確約もとれていないのに渡すようなことは論外、というのが水谷氏の立場。「勝ちのあるもの以外に使わないのが基本です」ときっぱり。川村氏らの説明について「不明朗な点があり、非常に理解しずらい」と述べた。

19)検察側は2回にわたって5000万円を大久保・石川両秘書に渡されたと主張している。物証は乏しく、証言内容に不自然に思われる点があっても、4人の証人を並べることで、それは立証されたかのように報じられてきた。しかし、水谷証言で真相が分からなくなってきた。

20)検察は、服役中だった水谷氏を訪れ、筋書きに沿った供述調書を作成。水谷氏はやむなく川村氏に合わせた、という。もっとも水谷氏も佐藤福島県元知事の裁判で”不明朗”な証言をした過去もある。5000万円はどこに行ったのか?そして、もう一回の5000万円授受はあったのだろうか?(了)
しょこたんの陸山会事件裁判傍聴記(2011/5/24)

20回分のTweetを纏めたものですが、とても長いので以下に要約してみます。

  1. ゼネコン及び小沢事務所との交渉は川村元社長が担当していた
  2. 川村元社長から「話がついた」と報告が有ったので裏金を承認した
  3. 川村元社長の要請通り裏金を払ったはずなのに、幹事を逃したのはおかしい
  4. 川村元社長を叱責したら、「裏で話は付いている」と嘘の報告をした
  5. 裏金は二人で渡すルールになっており、尾内専務に立ち会うように指示したのに、川村元社長が一人で渡したとは考え難い
  6. 川村元社長からは「大久保秘書に渡した」と報告を受けたが、報道では石川秘書に渡したことになっていて驚いた
  7. 川村元社長を裏金の受渡場所に運んだとされた運転手はこれを否定
  8. 車の運行手帳にも当日受渡場所に行った記録はない
  9. 運転手は当初検察調書への署名を拒否したが、検察に押し切られた

これを読む限り、裏金を要求したのも支払現場に行ったのも川村元社長一人であり、川村元社長がその気になれば、裏金として用意された1億円をゴニョゴニョすることも十分可能ですね。まあ、あくまでも個人的な妄想ですが。

いずれにせよ、検察側証人である川村元社長のアリバイを運転手が否定した形になりますので、検察は一気に苦しくなるでしょうね。渡部氏や前原氏が小沢氏に擦り寄ってきている様に見えるのも、この裁判の行方が見えてきたからかもしれません。

仮にこのタイミングで小沢氏の疑念が晴れることになると、政局は一斉に動き出すことになるはずです。意外と菅さんが帰国したら席が無かった、とかなるんでしょうか。

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